蒔岡雪子

第94回文学界新人賞 蒔岡雪子 飴玉が三つ

母娘がアルコール依存症者を支援する断酒会に参加する。いわゆる1930年代にアメリカで始まったアルコホーリクス・アノニマスのようなサークルなのだが、この断酒会ではアルコール依存症に悩む本人だけでなく、家族も参加して助け合うのが特徴だ。

この話は娘、とはいっても既に結婚してもういい年齢の女性だが、死を目前に断酒を誓った父親を振り返るというもの。アルコール依存症が発祥した時の父親の乱れ振りもさることながら、父親に対してコンプレックスというか過大な愛情を持っている主人公の女性の異常ぶりが面白い。女性作家ならではの、リアリティがある。


主人公は狂乱状態の父親に一度だけ撲られたことがあるのだが、たった一度と思っておりそれも後で父親がそのことを忘れずに覚えておりしきりに謝ったことを却って幸せに思っているくらい。さらに、断酒会にいた同様にアルコール依存症に悩む男性が、主人公の女性とその母の話を聞いていて感銘を受けて、自分も今まで酒に依存して家族に迷惑をかけて、娘にも何度も暴力を振るったと告白するところがあるのだが、主人公の女性はその男性に対して卑しさと哀れみしか感じず、医者という職業で地位も名誉もあり暴力は決して振るうことをしなかった父親とは全然身分が違い低俗な男だと軽蔑のまなざしを送るところがある。


実は娘の主人公も同様に、高校生の時から酒の味を覚えるようになり悪性遺伝とも言うべき同じ道を歩んでいた。要するに、父親への愛は自分への愛で、父親と自分を同一化しているということなのだろう。

最後までその呪縛が解き放たれていないところにドロドロとした暗さが漂っていてある意味味わいがあるのだが、自分なりの意思を芽生えさせることなく既存の意思に振り回されているというのは新興宗教の狂信的な信者のようで無自我というか亡霊のようで怖さを感じた。