やはりエジプトか

つい最近、オシリス神話関連の本を読んでいて思ったことですが、ギリシア神話よりエジプト神話の方がより自分を惹きつける魅力があるのかなと感じました。ギリシア神話の場合はゼウスというあらゆる権力を手中にした最高神が自身の欲望を満たすために(男としての性欲・征服欲を満たすため?)理不尽な行為(現代の法社会では犯罪以外の何ものでもない)をしすぎていて、目に余るという事実がその理由の一つにあります。

もちろんエジプト神話にもこういったギリシャ神話と似たような傾向があるのかもしれませんが、オシリス神話に限ってはあの世(死の世界、夜の世界)を支配する神ゆえに現実に生きているものに対して手出しをしない、あくまで息を引き取ったあとの人間を楽園へと導くか否かの判断をする存在なので生きているものに害がないし、あちら側にいる存在ということで観念的な神という存在としての神秘性があっていいかなと思います。

その他気に入った理由として、オシリス神話が日本神話と相通ずる要素があるということもその一因として挙げられます。
日本の神話の場合、火の神カグツチを出産して火傷で死んだイザナミは黄泉の国へ送られます。
一方オシリス神話の場合、弟神セトに謀殺されたオシリスは妹であり妻でもあるイシス神の助力によって何度も生き返るが
その度に弟神セトに殺され、最終的にオシリスの息子ホルスが弟神セトを抹殺して全エジプトを支配する王となり、
オシリス神自身は地上世界から遠ざかって冥界の王の座に付いたといいます。
両者とも現世を離れあの世に隠居することで、この世とあの世(生と死)の境界線を具現化する存在としての価値もさることながら、あの世へ行く引き換えに、日本神話の場合はアマテラスやスサノオなどの誕生をもたらすなどこの世に新たな秩序をもたらす存在でもあります。

こういった生と死と復活にまつわる神話が宗教の土台になっていったことを考えると奥深さを感じてしまいます。
その一方で、日本の場合、神道と神話が半ば一心同体になっていることからも分かる通り、神話イコール宗教でもある不思議な国というか西洋とは全く違う価値観でなりたっている国だという気がします。
また、西洋では神話を超えて宗教が根付いていった理由として考えられるのは、度重なる民族同士の戦争による支配・統合によって異なった言語、文化の民族を取り込むうえで、神話を超えた普遍的なものが必要で、その神話を超えた普遍的な価値観がユダヤ教であり仏教、キリスト教イスラム教だったのでしょうね。